ローン特約条項による解除権行使が信義則違反とされた事例

ローンで不動産を購入する際,ローンが組めなかった場合には売買契約を解除できる旨の特約(いわゆるローン特約条項)を設けることがあります。この特約が設けられていれば,原則として、ローンが組めなかった時には売買契約を解除することができますが、一定の場合にこれが制限されることがあります。以下では,Yから土地建物をAと共同で購入したXによるローン特約条項に基づく解除が許されないとされた事例(東京地裁平成10年5月28日判決を題材とした事例)を分析します。

本件訴訟で認定された事実関係

まずは、裁判で認定された事実関係を確認しておきます。

売買契約及び手付金の支払い

  • X,A及びYは,平成8年12月27日,土地及び建物(以下「本件不動産」という)について,以下の内容の売買契約(以下「本件売買契約」という)を締結した。
  1. 売主: Y
  2. 買主: X及びA
  3. 売買代金: 1億2050万円(消費税を含む)
  4. 支払方法: 手付金1000万円を本件売買契約締結時に支払う。残代金1億1050万円を平成9年2月7日までに支払う。
  5. 特約: Xは,売買代金の支払にあたり,B銀行から5000万円の融資を利用するものであり,融資が実行されない場合には,買主は,平成9年1月24日までは本件売買契約を解除することができる。本件売買契約が解除された場合には,売主は,買主に対し,受領済みの手付金を無利息で返還する(以下この特約を「本件特約」という)。
  • Xは,平成8年12月27日,Yに対し,本件売買契約に基づき,手付金1000万円を支払った。

売買契約後の状況

  • Xは,平成9年1月11日,B銀行のローンの申込み手続に着手したが,共同買主であるAは,XのB銀行に対する融資申込みにつき,連帯保証人となることを拒み,共同買受人となることにまで難色を示すに至った。
  • Xは,ローンの申込みに必要とされる団体信用生命保険加入にあたり,当初,高血圧で通院していることを申告していなかったが,同月14日,自主的にその旨を申告した。このため,ローンセンターでは,Xに病院の診断書を出すよう指示し,Xは,同月22日,診断書を取得して提出したが,団体信用生命保険の審査は当初の予定より遅れることとなり,本件特約による解除期限である同月24日までに間に合うかどうかは微妙になった。
  • Xは,平成9年1月24日,不動産仲介業者Cを通じて,Yに対し,B銀行に申し入れていた借り入れの可否に対し,団体信用生命保険の結果がまだ出ていないので,売買契約書に定める融資可否通知日を1週間程度延期したい旨申し入れた。
  • この申入れの後,Cは,Y事務所を訪れ,融資可否通知日を延長するほか,買主をXのみとすることを提案したが,Yはこれを了承しなかった。この時,団体信用生命保険の審査が否決された旨の連絡があったので,Yはその真偽を疑いながらも,Cに融資申込人(X)の法定相続人を連帯保証人とする方法を検討してもらうこととしたが,Xの法定相続人はAのみであり,Aは再度連帯保証人となることを拒んだため,この話も不奏功に終わった。
  • 結局,XのB銀行に対する融資の申込みは承認されず,Xは,同日,Yに対し,融資の申込みが実行されなかった旨連絡し,本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

裁判所の判断

以上の事実関係を前提に、裁判所は次のような判断をしました。

共同購入者Aが負うべき信義則上の義務

まず,本判決は,以下のように,共同買主であるAについても,ローン契約が締結できるように協力すべき義務があるとしました。

「本件売買契約においては,XのみならずAも共同買主となっているのであるから,仮にローン自体の当事者はXのみであってもAもまた本件売買契約に基づき,Xのローン契約が無事に締結できるよう協力すべき信義則上の義務を負っているということができる。」

「ところが,本件においては,Aは共同買受人という立場にあったにもかかわらず,Xの連帯保証人となることを拒み,さらには共同買受人となることにまで難色を示し,最終的にいわゆる連帯保証型のローンを不奏功に追いやっているのであるから,Aの行為は前記信義則上の義務に反するものといわざるを得ない(なお,買主が複数の場合,金融機関としては,買主の1人に融資を行う場合にも,他の共有者の連帯保証を求めることがよくあるということは公知の事実である。)。」

Xによるローン条項特約による解除権行使の可否

その上で,以下のようにXの解除は許されないとしました。

「そして,これと同じ時期にXが当初申告しないでいた高血圧症を自主的に申告したことによって団体信用生命保険の審査が最終的に否決されていることをもあわせ考えるならば,本件においてローンが実行されなかった原因は,X側の責めに帰すべき事由によるものといわざるを得ず,本件特約に基づくXの解除は許されないといわざるを得ない。」

弁護士のコメント

契約当事者は、契約書に明記された義務だけでなく、民法の信義則による義務も負うことになります。

ローン特約が設けられた不動産売買契約においては、買主が金融機関にローンを申し込み、その融資申し込みが奏功するよう努力する義務を負っていると考えられます。「〇月〇日までに△△銀行に融資の申し込みを行う」と記載されていれば明示的な義務ですが、少なくとも信義則上の義務として前記の義務は認められるでしょう(本件では、そのようなローン契約の成立に向けた協力義務を、ローン利用者のみでなく、共同買受人にも認めた点が特徴的といえます。)。

ローン特約条項は、あくまで、買主側がローンの実行に向けて適切な努力をしたにもかかわらず、ローンが実行されなかった場合の救済であり、買主側に自由な解除権(解約手付が交付されている場合には、買主は手付け放棄による解約が可能です)を与えるものでないことを改めて理解しておく必要があります。

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