家主が居住する建物を新築するための立ち退き事例

賃貸人Xが、東京都世田谷区に所在する建物について、これを取り壊して同敷地に新築した建物に住むことを計画しているとして、本件建物に家族とともに居住する賃借人Yに対し、明け渡しを求めた事案。裁判所は、立ち退き料500万円の支払と引換えにXの請求を認めた(東京地裁平成22年2月24日判決)。

立ち退き請求訴訟の事実関係

立ち退き請求の対象不動産

  • 木造スレート葺平屋建ての建物(種類 居宅)(登記簿上の床面積 39.66㎡ 現況の床面積 68.58㎡)
  • 遅くとも昭和22年11月までには建てられていた。
  • 東京都世田谷区所在(成城学園前駅から徒歩数分)
  • 道路交通条件の良好な地域で、付近には公共施設も充実しており、日常生活の利便性に富んだ地域

賃貸借契約の概要等

  • 賃借の目的 居住用
  • 賃貸借の始期 昭和48年ころ
  • 解約申入れ時の約定賃貸借期限 期限の定めのない賃貸借契約
  • 解約申入れ時の賃料 月額8万7000円
  • 解約申入れの時期 平成21年2月22日
  • 賃貸人が申し出た立ち退き料の額 300万円もしくは裁判所が相当と認める金額

裁判所の判断

正当事由について

Xには本件建物の明渡しを求める切実な必要性があり、他方、Yにも本件建物の使用を継続する切実な必要性が認められるところ、Xの事情とYの事情を総合考慮し、かつ、現在の不動産の市況(賃貸関係)をも併せ斟酌すれば、相当な金額の立ち退き料(500万円)を提供させることによって正当事由が具備される。

賃貸人側の事情

  • Xは近々結婚して新世帯を考えているが、本件建物を取り壊して同敷地に新築した建物に住むことを計画している。
  • 本件建物は、築後長期間(解約申入れまでに少なくとも60年超)が経過しているため自然的作用による老朽化が相当進んでいる上、物理的な損傷箇所も随所に見られる。
  • 本件建物は耐震補強工事を要するが、その費用に約360万円かかる(なお、本件建物の平成20年度の固定資産評価額は14万1700円である。)。
  • 本件建物は旧式で、近隣環境との適合性において、また、近年の同種建物と比較して、かなり劣位にある。

賃借人側の事情

  • Yは、昭和48年ころから本件建物に居住し、現在も、病気の妻と同居している。
  • 本件建物の近隣にYの経営する店舗があり、かつ、同店舗の閉店は深夜2時になる。

立ち退き料の算定要素

  • 本件における諸事情に照らせば立ち退き料500万円が相当である。

弁護士のコメント

建物譲渡の経緯について

実際の事案では、本件建物の前々所有者がYと立ち退き交渉したもののまとまらず、前所有者も平成16年から17年にかけて、Yと立ち退き交渉したものの、Yが立ち退き料2400万円を要求するなどしてまとまらず、平成17年2月28日にXが本件建物を購入した経緯があるようです。前々所有者、前所有者、Xの関係性も属性もわかりませんので、今回の分析では譲渡の流れを割愛しましたが、このような経緯で不動産業者が購入したような事案であれば、判断がどうなったのか興味があります。

立ち退き料の算定について

判決文からは、立ち退き料算定のとっかかりがあまりない事案です。地価がそれなりに高額だと思いますので、割合方式で借家権を算定したりすると500万円ではとても足りないと思いますが、建物が老朽化していて耐用年数も超えているであろうことからすれば、従前Yが要求していたような高額の立ち退き料を認めるのは妥当でないでしょう。裁判所も、老朽化の著しい建物を低額の賃料で貸し続けることの不合理性や地域性からみた社会的不経済を重視し、居住用建物の引っ越し費用に賃料差額の補償を加味した程度の立ち退き料で妥当と判断したのではないでしょうか。

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