建物の耐震強度不足による立ち退き事例

賃貸人Xが、東京都中央区所在の本件建物について、老朽化、耐震強度不足による建替えの必要性及び土地の有効活用を理由に、本件建物で喫茶店を営む賃借人Yに対し、明け渡しを求めた事案。裁判所は、立ち退き料1億円の支払と引換えにXの請求を認めた。(東京地裁平成22年12月27日判決)

立ち退き請求訴訟の事実関係

立ち退き請求の対象不動産

  • 鉄骨・鉄筋コンクリート造陸屋根9階建ての建物(種類 店舗 事務所)(1階の床面積 171.44㎡ 2階ないし9階の床面積 184.80㎡) の1階部分のうち約102.48㎡
  • 昭和49年2月新築(更新拒絶時点で築33年経過)
  • 中央区の地下鉄主要駅至近、JR東京駅からも徒歩10分弱
  • 東京都心部の一郭で、複合的かつ高度な都市機能を有する商業地域を形成し、現在も周辺では再開発や建替えによる機能性の更新が進捗し、更なる活性化が期待される地域

賃貸借契約の概要等

  • 当事者 賃借人(Y) 喫茶店を営む法人(いわゆる個人会社)
  • 賃貸借の始期 昭和50年3月3日
  • 更新拒絶時の約定賃貸借期限 平成20年3月31日
  • 更新拒絶時の賃料 月額40万5000円(共益費込。別途消費税)
  • 更新拒絶の時期 平成19年9月28日
  • 賃貸人が申し出た立ち退き料の額 5000万円

裁判所の判断

正当事由について

本件建物の築年数や耐震性能が不十分であること、立地条件などから、本件建物の敷地を有効活用したいXの希望は社会経済的見地から首肯でき、Yの不利益は経済的損失が主であるから、その経済的損失をある程度填補できる立ち退き料(1億円)の支払があれば、Xの更新拒絶は正当事由を備える。

賃貸人側の事情

  • 本件建物は、一部ひび割れや雨漏りなど経年による老朽化が進行している。
  • Xが提出した耐震診断報告書によれば、本件建物の1階を除く2階から9階のIs値はいずれも0.6を下回り「十分な耐震性を有していない」と診断されている。
  • 耐震補強工事を行う場合、工事費用1億8060万円及び工事期間中の休業補償約6700万円の費用がかかり、さらに工事後の賃貸可能面積は減少する(なお、新築費用は約5億3500万円、解体費用は約5000万円である。)。
  • 本件建物には、Yの他に13テナントが入居していたが、Yを除くテナントは全て立ち退きが完了している。

賃借人側の事情

  • Yは、代表者のいわゆる個人会社で、代表者家族の生活は、Yが営業する喫茶店の売上に依拠している。
  • 35年以上の歴史のある喫茶店で、落ち着いた雰囲気を醸し出す内装がテレビドラマのロケにも何度も使用されているが、このような内装を移築して完全に再現することは不可能である。
  • 顧客は近隣のオフィスに勤務する常連客がほとんどであるが、本件建物の近隣において、同様の条件の物件を見つけることは大変困難である。

立ち退き料の算定要素

  • 裁判所鑑定の結果、借家権価格は5300万円である。
  • 借家権価格に加え、代替店舗確保に要する費用、移転費用、移転後営業再開までの休業補償、顧客の減少に伴う営業上の損失、営業不振ないし営業廃止の危険性などの諸点を勘案し、立ち退き料は1億円が相当である。
  • X提示額5000万円を大きく超えるが、Xの建替えへの強い意向等から、1億円の立ち退き料額もXの意思に反するものではない(なお、Yの予備的主張による立ち退き料額は1億7500万円程度)。

弁護士のコメント

耐震補強工事と正当事由

建替えの必要性について、いずれもX側提出証拠による認定ではあるものの、耐震補強工事費用が新築工事費用の半額程度に達する本件について、結論として、新築工事の方が経済合理性を有すると認定しています。事情の差はあるでしょうが、他の耐震強度不足による立ち退き事例でも、耐震補強工事費用と新築工事費用とのバランスを検討する上で参考になる事案と思われます。

立ち退き料の算定について

かなり個性的で地域に密着した店舗に対する立ち退き事案のようですが、判決では、本件建物の老朽化、耐震強度不足に加え、周辺地域の状況、現行ビルから建て替えた場合の賃貸ビルとしてのスペック向上度合まで詳細に認定し、X側の一応の正当事由の充足度を認定しています。その上で、Y側に配慮した立ち退き料額の算定を行うことでバランスを保っており、希少な店舗等に対する立ち退き事例としても参考になると思われます。

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