傾斜のため建替えを要する建物の立ち退き事例

賃貸人Xが、不同沈下により看過し得ないレベルの傾斜が生じている東京都目黒区所在の本件建物について、建替えの必要があるとして、本件建物でクリーニング店を営む賃借人Yに対し、明け渡しを求めた事案。裁判所は、立ち退き料500万円の支払と引換えにXの立ち退き請求を認めた(東京地裁平成25年6月5日判決)。

立ち退き請求訴訟の事実関係

立ち退き請求の対象不動産

  • 鉄骨造陸屋根3階建ての建物(種類 店舗、事務所)(1階ないし3階の床面積 36.40㎡)の1階部分
  • 昭和44年5月新築(判決時点で築44年)
  • 東京都目黒区所在

賃貸借契約の概要等

  • 賃借人(Y) クリーニング店経営(個人)
  • 賃貸借の始期 昭和44年7月12日
  • 解約申入れ時の約定賃貸借期限 期限の定めのない賃貸借契約
  • 解約申入れ時の賃料 月額9万2000円
  • 解約申入れの時期 平成24年3月1日
  • 賃貸人が申し出た立ち退き料の額 裁判所が相当と認める金額(ただし、借家権価格は300万円程度であるとの主張あり)

裁判所の判断

正当事由について

Xの本件建物を建て替える必要性、Yの本件建物を利用する必要性、いずれも認められ、XがYに対し相当な立ち退き料(500万円)を支払うことにより解約申入れの正当事由が補完される。

賃貸人側の事情

  • 本件建物は、建築後44年が経過しており、不同沈下を原因として看過し得ないレベルの傾斜が生じている。
  • 本件建物には、経年変化による老朽化もみられるようであるが、Xが日常の管理修繕等をほとんど行っていなかったことからすると、不具合の原因の多くはXの不作為によるものと認められ、これを正当事由として考慮するのは相当でない。
  • 本件建物を現在の建築関連法規等に適合するように改修する費用は約4935万円、不同沈下に関する改修のみを行う場合でもその費用は約3360万円であり、本件敷地を有効利用して建物を新築する場合の費用(約5943万円)に比して、高額といえる。

賃借人側の事情

  • Yは、本件建物においてクリーニング店を経営しており、一定額の収入を得ている状況にある。

立ち退き料の算定要素

  • 本件建物の利用状況
  • 賃料額の推移
  • 店舗移転の場合に要する諸費用等
  • 営業廃止の可能性
  • Xの立ち退き料支払に関する意向等
  • これら諸般の事情を総合考慮すると、立ち退き料は500万円が相当である。

弁護士のコメント

建物の傾斜と正当事由

本件建物については、不同沈下による傾斜として、北西端部分において垂直方向に1000分の16、南西端部分において垂直方向に1000分の18の傾きがあり、西側方向に向かって3階部分の床面において水平方向に1000分の15の傾きがあると認定されています。そして、このような傾斜は、

  1. 国土交通省平成14年8月20日告示「住宅紛争処理の参考となる技術的基準」によれば、構造耐力上主要な部分に瑕疵が存する可能性が高いレベル、
  2. 内閣府が示す「災害に係わる住家の被害認定」によれば、大規模半壊と判定されるレベル、
  3. 日本建築学会が示す基準によれば、頭重感、浮動感を訴える者が生じうるレベル
にあたると認定されています。同種の事案があれば、参考になると思い、取り上げました。

立ち退き料の算定について

立ち退き料の算定にあたっては、賃料や物件の概要以外には、Xが借家権価格を300万円程度と主張していることと、Yの直近3年間の年間所得が50万円から77万円程度であることが示されているのみです。したがって、他の事例で参考とするのは難しいかもしれません。

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