民法改正が不動産賃貸借に与える影響

民法の一部を改正する法律案が平成29年5月26日に成立し、同年6月2日に公布されましたが、このうち、不動産賃貸借の実務に影響を与えそうな項目について教えてください。

敷金と原状回復について

敷金の定義、返還時期の明文化

これまで民法上明確でなかった敷金の定義について、「いかなる名義をもってするかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。」と明文化されました。また、その返還時期についても「賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき」等とのこれまでの判例法理が明文化されました。

原状回復義務の範囲の明文化

賃貸借契約終了時の原状回復義務について、「賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。」とし、通常損耗あるいは経年劣化は民法本来の原状回復義務の範囲には含まれない、というこれまでの判例法理が明文化されました。

弁護士のコメント

上記はいずれもこれまでの判例法理が明文化されるにすぎないので、実務に大きな影響はないとも考えうるのですが、明文化されることで、従来、判例法理を意識してこなかった方々にも注目されるでしょうから、原状回復や敷金に関する特約の合意に難儀する可能性が高まるように思われます。
また、敷金の返還時期が「賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき」とされているのに対し、原状回復義務を負う時期が「賃貸借が終了したとき」とのみ規定されているため(「賃貸物の返還までに」とはされていないので)、特約で手当てをしておかないとトラブルの元になりそうです。すなわち、契約の終了と物件の返還とが同時期になりやすい居住用不動産の賃貸借では、賃貸人の側は原状回復工事の要否を勘案してから敷金を返還するとして、敷金で原状回復工事相当額の損害賠償をも担保したいと考えるでしょうが、他方で、今回の民法の規定では、賃借人側は物件返還後すぐに敷金を返してもらえると考えるでしょうから、解釈が固定するまでトラブルの種になりそうです。事業用不動産の賃貸借では、契約の終了前に原状回復工事の見積りを取得し、あるいは工事まで完了しているのが実務上通常と思われるので、この点の影響は大きくなさそうです。

賃貸借契約の連帯保証について

個人根保証契約について極度額設定の義務化

一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約(「根保証契約」)であって保証人が法人でないもの(「個人根保証契約」)の保証人は、極度額を限度として保証債務を負う(その範囲でしか負わない)ことが規定され、かつ、書面により極度額を定めないと保証契約自体が無効となるよう規定されました。

弁護士のコメント

不動産賃貸借においては、主債務者である賃借人の賃料債務等(上記の「一定の範囲に属する不特定の債務」にあたる)を担保するため、連帯保証人を設けることが一般的に行われていますが、この連帯保証契約は根保証契約にあたりますので、連帯保証人が個人であれば、上記の規制を受けることになります。
実務的には、連帯保証に関する条項や連帯保証人の署名欄付近に極度額を明示して契約することが考えられますが、高額を記載してしまうと、保証人になること自体を拒絶される場面が増えそうです(法律的には、これまでの無制限な保証の方がよりリスクが高いのですが、保証人の心理的には、金額の記載により、ためらいが生じやすくなるように思います。)。他方で、賃貸人側からすれば、これまでどおり無制限の保証契約が締結できた方が望ましいわけですから、法人による保証、例えば、賃借人の関連会社による保証や、賃料保証会社による保証を求めるケースが増えていくと予想されます。

保証人に対する情報提供義務

保証人を保護するという観点から、次のような義務が導入されました。

  1. 事業のために負担する債務について、主たる債務者の委託を受けて個人が保証する場合、契約締結に際し、主たる債務者が、保証人に対して自己の財務状況等を説明する義務(契約締結時の情報提供義務)
  2. 委託を受けた保証人から請求があった場合に、債権者が、主たる債務の履行状況等について情報を提供する義務(主たる債務の履行状況に関する情報提供義務)。
  3. 期限の利益を喪失した場合に、債権者がこれを知ったときから2ヶ月以内に保証人にその旨を通知する義務

弁護士のコメント

実務的に不動産賃貸借に影響が大きそうなのは「契約締結時の情報提供義務」です。主たる債務者に「契約締結時の情報提供義務」の義務違反があった場合、それを債権者が知り、または知ることができた時には、保証契約自体を取り消すことができる規定となる予定ですので、事業用の賃貸借で個人を保証人とする場合には、頭に入れておきたいポイントです。

賃貸目的物の修繕義務について

賃貸人が修繕義務を負わない場合の明文化

賃貸人の修繕義務を定めた民法606条第1項に、以下の文言が追加されました。

「ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要になったときは、この限りでない。」

弁護士のコメント

この但書により、修繕を要する場合でも、賃借人に故意や過失といった帰責性がある場合には賃貸人が修繕義務を負わないことが明確になります。もっとも、裁判になった場合、賃借人の故意や過失については貸主側が立証責任を負担する可能性が高い点には注意が必要です。

賃借人の修繕する権利を明文化

民法607条の2に「賃貸物の修繕が必要である場合において、次のいずれかに該当するときは、賃借人は、その修繕をすることができる」という条項が追加され、その具体的場合として以下の例が規定されています。

  • 賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、又は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき。
  • 急迫の事情があるとき。

弁護士のコメント

上記はいずれも、これまでの民法でも解釈で導き出すことが可能であった結論ではありますが、今回の明文化により、その法律関係がより明らかとなります。賃貸借契約を巡る紛争では争点となりやすい問題ですので、管理会社の方などはしっかり理解しておくべきポイントです。

特に、賃借人の修繕権については、紛争を未然に防ぐため、修繕できる範囲、賃貸人への通知方法、相当期間等を特約で具体的に整理しておくべきと考えます。

その他の主な改正項目

  • 賃貸借の存続期間(最長20年→50年)
  • 賃貸人たる地位の移転に関する明文化
  • 賃借人による妨害排除等請求権の明文化
  • 債権の消滅時効における原則的な時効期間と起算点(賃料債権については従来から5年とされていたため原則影響なし)
  • 法定利率の変更(5%→3%)と変動制の導入
  • 定型約款の規定

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