譲渡担保権実行によるオーナーチェンジと保証金返還義務の承継

事業用不動産の賃貸借契約では、入居時に保証金名目で貸主が金銭を預かることがよくあります。オーナーチェンジの場合、その保証金返還義務はどうなるでしょうか。また、その所有者変更が譲渡担保権の実行によるものである場合はどうでしょうか。以下では、譲渡担保権の実行により建物の所有権を取得した者が、譲渡担保権実行前の賃借人に対し、保証金を返還しなければならないとされた事例(東京地裁平成2年10月3日判決を題材とした事例)を分析します。

裁判で認定された事実関係

まずは、裁判で認定された事実関係を確認しておきます。

賃貸借契約について

  • Xは、昭和59年2月18日、Y1会社から、建物(以下「本件建物」という)のうち一部(以下「本件貸室」という)を、期間同日から4年間との約定で賃借し(以下「本件賃貸借契約」という)、その際、保証金として4970万円(以下「本件保証金」という)をY1会社に対し預託した。
  • 賃貸借契約と保証金
  • 本件賃貸借契約においては、返還されるべき保証金は、預託した保証金から賃料(月額138万4500円)の2か月分相当額を控除した残額とされ、返還時期は、本件賃貸借契約が終了し本件貸室の明け渡し時から6ヶ月後とされていた。

譲渡担保権の設定と実行

  • Y2会社は、昭和61年1月31日、Y1会社から譲渡担保により本件建物の所有権を譲り受け、所有権移転登記を受けた。
  • Y1会社は、Y2会社との譲渡担保契約の被担保債権の弁済期である昭和63年2月1日に弁済しなかったため、Y2会社は、Y1会社に対し、同月2日到達の書面で、右被担保債権の弁済に代えて本件建物の所有権を確定的に自己に帰属させる旨及び被担保債権が目的物の価額を上回り清算すべき剰余金がなく、かえって被担保債権について残債務がある旨通知した。
  • 譲渡担保権実行通知
  • 本件賃貸借契約は昭和63年2月17日をもって期間満了により終了し、Xは、Y1会社に対し、同日、本件貸室を明け渡した。この時点では、本件建物の所有権はY1会社からY2会社に移転し賃貸人の地位も承継されていたが、Xはこの事実を知らなかったため、Y1会社に対して明け渡した。そして、本件保証金の返還期日は同年8月17日と確定した。

保証金の返還請求について

  • Xは、昭和63年11月15日、Y1会社から、保証金の一部として1000万円の返還を受けた。
  • Xは、返還を受けていない残りの保証金3970万円の支払を求めて、Y1会社とY2会社を相手に訴えを提起した。
  • leasecase1-3.png

裁判所の判断

以上の事実関係を前提に、裁判所は次のような判断をしました。 

本件保証金の性質

裁判所は,まず、本件で差し入れられた保証金の性質について、次のように判断しています。

不動産の賃貸借契約の締結に際し、賃借人から賃貸人に交付される金銭で、賃貸借契約の終了後、滞納賃料等約定にしたがって控除すべきものを控除して残額は賃借人に返還される金銭は、一般に敷金あるいは保証金と称されるが,本件保証金もまたこれと同種のものと解される

譲渡担保権と賃貸人の地位の移転時期

次に、裁判所は、一般論として、このように述べます。

一般に、不動産の賃貸人がその不動産の所有者で、賃借人が当該賃借権を第三者に対抗し得る場合に、賃貸人たる所有者が当該不動産の所有権を譲渡したときは、これに伴って賃貸人の地位も新所有者に移転する

譲渡担保権実行前について

そして,譲渡担保による所有権移転については,

譲渡担保の目的で不動産の所有権が移転されても、当然には譲渡人からその使用・収益権まで担保権者に移転するものと解することはできず、したがって賃貸人の地位が担保権者に移転すると解することもできない

とした上で、

本件譲渡担保を目的とする所有権の移転登記があった昭和61年1月31日には、未だY1会社からY2会社への賃貸人の地位の移転があったと認めることはできない

と判断しました。

譲渡担保権実行後について

これに対し、帰属清算型の譲渡担保(譲渡担保権者が目的物の所有権を自己に帰属させることによって債権の満足を得る方法)における担保権実行後については、次のように述べます。

債権者が担保権を実行し、債務者に対し、被担保債権の弁済に代えて当該不動産の所有権を確定的に帰属させる旨及び清算すべき剰余金がない旨を通知し、実際その時点における当該不動産の適正評価額が債務額(借入金元本のほか、その利息、損害金、評価に要した相当費用等の額を含む。)を上回らない場合には、右通知のときに当該不動産の所有権は譲渡担保権者たる新所有者に確定的に移転し、これに伴って賃貸人の地位も新所有者に移転し、賃貸借契約上の保証金返還義務もまた新賃貸人に移転する

その上で,本件では,

Y2会社は昭和63年2月2日にY1会社に対し担保権の実行を通知しているのであり、このとき本件建物の適正評価額は債務額を上回らない状態であったのであるから、このときY2会社は、Y1会社から確定的に本件建物の所有権を取得し、本件貸室の賃貸人の地位も承継した

と判断しました。

弁護士のコメント

賃貸人の地位承継と保証金返還義務

判例上,賃貸借の対象となっている不動産の所有権が移転すると,特段の事情がない限り賃貸人の地位も新所有者に承継され(最高裁昭和39年6月19日判決),その場合には,旧賃貸人に差し入れられた敷金は,未払賃料債務があればこれに当然充当され残額についてその権利義務関係が新賃貸人に承継される(最高裁昭和44年7月17日判決)とされています。

「敷金」については,このような取扱が定着しており,また,「保証金」という名目であっても,敷金以外の性質を有する場合を除き,建物の所有権移転とともに保証金返還債務も新所有者に承継されるとされています。

参考:敷金・保証金とは

譲渡担保権と賃貸人の地位承継時期

上記のほか、本判決の事案では、譲渡担保権の実行により賃貸借不動産の所有権が移転したため、賃貸人としての地位の承継がどの時点で生ずるのかが問題となっています。

譲渡担保権が設定されると、形式的には対象資産の所有権が移転されることになりますが、これはあくまで担保を目的とするものです。このため、本判決では、使用・収益権の範疇に属する賃貸人の地位は、譲渡担保権の設定のみでは譲渡担保権者に移転せず、(清算型の)譲渡担保権実行によって初めて賃貸人の地位承継が生じ、これにともなって保証金の返還義務も新所有者(譲渡担保権者)に承継されるとされています。

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