不動産売買契約における手付金
土地を購入しようと考えている者です。不動産売買契約を締結する際には、手付金について定められるのが一般的と聞きました。手付金とはどのような性質のものでしょうか。また、不動産の手付金について注意点しておくべきことを教えて下さい。
不動産取引における手付金の意義と種類
手付金とは
手付金とは、売買契約の成立時に、買主から売主に対して交付される金銭のことです。内金などと呼ばれることもあります。不動産売買の世界では、売買代金が高額となることもあり、契約成立と同時に代金全額の支払いがなされるのではなく、まずは手付金のやりとりがなされることが通常です。
不動産の売買取引では、売買代金額の5%から10%程度を手付金とするのが一般的な相場です。手付金は、売買契約の履行が最終決済まで順調に進んだ場合、売買代金の一部として精算されることになります。
手付金の種類
手付金交付の趣旨には様々なものが考えられますが、大きく分けると以下のような3種類があるとされています。順にみていきましょう。
- 証約手付(しょうやくてつけ)
- 解約手付(かいやくてつけ)
- 違約手付(いやくてつけ)
証約手付
証約手付とは、契約が成立したことの証として交付される手付金です。
解約手付
解約手付とは、「買主であれば手付金額を放棄、売主であればその倍額を償還することにより契約を解除できる」という内容の解除権を留保する目的で交付される手付金をいいます。
違約手付
違約手付とは、債務不履行(違約)があった場合には没収されるという趣旨で交付される手付金をいいます。
手付金交付の趣旨の判別
原則として解約手付と判断される
判例により、売買契約における手付けは、特別の意思表示がない限り、解約手付の性質を有するものと推定されます。
最高裁判所昭和29年1月21日判決
売買の当事者間に手附が授受された場合において、特別の意思表示がない限り、民法五五七条に定めている効力、すなわちいわゆる解約手附としての効力を有するものと認むべきである。これと異る効力を有する手附であることを主張せんとする者は、前記特別の意思表示の存することを主張・立証すべき責任があると解するのが相当である。
宅建業者が売主となる場合
宅建業者が売主となる契約における「手付」は、宅建業法により、解約手付の性質を付与されると規定されています。また、この場合、宅建業者は売買代金の20%を超える手付金の受け取りが禁じられています。
宅建業法39条2項
宅地建物取引業者が、みずから売主となる宅地又は建物の売買契約の締結に際して手附を受領したときは、その手附がいかなる性質のものであつても、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手附を放棄して、当該宅地建物取引業者はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる。
手付解除をするには
解約手付けとしての性格であるとされることの多い不動産売買契約における手付金ですが、契約を締結した後に事情の変更があり、当事者の一方が、解約手付によって留保された解除権を行使して、実際に契約を撤回したいと考えるケースがあります。このような場合、売買契約の当事者は、具体的にどのような対応をすればよいでしょうか。
買主からの手付解除
買主が手付解除を行う場合、買主は、売買契約締結の際に売主に支払った手付金を放棄することで契約を解除できます。具体的には、売主に対し、内容証明郵便を送付して、手付解除の意思を明らかにするとよいでしょう。
売主からの手付解除
売主が手付解除を行う場合、売主は、手付金の倍額を買主に支払うことによって、手付解除ができるとされています。具体的には、買主に対し内容証明郵便を送付して手付解除の意思を明らかにするとともに、倍戻し金の支払をします。買主が倍戻し金の受領を拒否する場合には、これを供託しておくということになります。
手付解除と損害賠償
手付解除は、債務不履行を理由とする解除ではないため、債務不履行解除の場合のような損害賠償請求はできません。
もっとも、解約手付の交付があった場合でも、相手方に債務不履行がある場合には、債務不履行を理由とする契約解除や、これにともなう損害賠償請求は可能です。
不動産取引における手付解除のタイムリミットは?
解約手付が交付されたという場合であっても、いつまでも当事者が契約解除できるというわけではありません。このような解除(手付け解除といいます)には、民法や契約による一定の行使期限があるためです。
民法による行使制限 - 契約の履行の着手時まで
この点、民法557条1項は、解約手付けが交付された場合の売買契約の手付解除は、当事者の一方が「履行の着手」をするまでは可能であるとしています。これを反対からみれば、当事者の一方が「履行の着手」をしてしまうと、手付け解除はできないということになります。契約の履行に着手した後の解除は、相手方に不測の損害が発生することから、そのような解除を制限した規定です。
民法557条1項
買主が売主に手付を交付したときは、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる。
では、「契約の履行に着手する」とは、どのような意味でしょうか。この点、判例では、「客観的に外部から認識しうるような形で履行行為の一部をなし、または、履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をしたこと」が契約の履行の着手にあたるとされています。
具体例を挙げると、次のような行為があれば、一般的には履行の着手があったと判断されることが多いでしょう。
- 不動産を購入した買主が、売買代金をいつでも支払うことのできる状態のもとで、契約による明け渡し期限後に売主に明け渡しを求める行為
- 他人に貸している土地建物の売買で、売主に代金を現実に提供するとともに、不動産の引渡し・移転登記請求訴訟を提起する行為
- 売主が売買物件の賃借人との賃貸借契約を解消した行為
- 売主による売買物件の境界画定作業
- 売主が売買物件の抵当権を抹消した行為
- 農地売買において、農地法の許可申請を売主と買主が連署の上で提出した行為
契約書により行使期限が定められることも
以上にみたとおり、民法の定める行使制限の「契約の履行の着手」の要件については、その判断が難しい事案も少なくありません。このため、不動産売買取引の実務では、手付解除可能な期間を、あらかじめ具体的な年月日で定めているというケースも多くあります。
このような場合には、契約書に定められた手付解除権の行使期限を徒過したときには、手付け解除ができないということになります。
ただし、宅建業法39条2項に「宅地建物取引業者が、みずから売主となる宅地又は建物の売買契約の締結に際して手附を受領したときは、その手附がいかなる性質のものであっても、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手附を放棄して、当該宅地建物取引業者はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる。」とあり、同条3項に「前項の規定に反する特約で、買主に不利なものは、無効とする。」とあることに注意してください。これらの規定により、宅建業者が売主となる売買契約では、売主が履行に着手する前に手付解除の期限が到来した場合、ここで手付解除を制限することは宅建業法の規定よりも買主に不利になりますので、無効となります。
まとめ
いかがでしたでしょうか。不動産売買取引では、契約締結後に、予期せぬ事情で、契約をキャンセルしたくなる事態も起こりえます。そのような事態になってから手付解除ができなくなって困ることの無いよう、契約締結段階から、手付解除に関する条項はきちんとチェックしておきましょう。
また、手付解除に関するトラブルでお困りの際は、不動産問題に強い弁護士にご相談下さい。